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愛情とその行動の考察
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2008年09月27日
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カテゴリ: こころ
愛情とはなにかの考察
2008年09月21日
こちらのkohocounselさんの記事を読んで、”愛情”について考えてみた。
わたしの思うところの”愛情”というものは、
- 親や友人、恋人などに依存しないコト
- 依存を人から向けられたとき、それを受けとめるコト
- 人の依存心の克服の手助けをするコト
だと思う。
わたしは”愛情”って言葉は嫌い。 「”愛情”って言葉はなんだか利己的でゆがんだ印象をうけるから」 というのがその理由。あんまり聴きたくない言葉。 なんでこんな印象をもっているかというのは…だれも興味なさそうなので割愛。
“わたしが嫌悪感を抱く愛情”は、kohocounselさんの言うところの”愛情もどき”というものだろう。 ならば”わたしが嫌悪感を抱かない愛情”ってなんだろうかと考えた。
- 親や友人、恋人などに依存しないコト
- 依存を人から向けられたとき、それを受けとめるコト
- 人の依存心の克服の手助けをするコト
この3つが、わたしが考えた。”わたしが嫌悪感を抱かない愛情”です。
具体的に説明します。
親や友人、恋人などに依存しないコト
たとえば、親が子どもに「やさしく育ってになってほしい」というような要求をしないコト。 自らの満足のために、人に結果をもとめることは愛情に欠けるよね。 ただし、「やさしい人間になるように育ててはいけない」と言っているわけではない。
他人の人間性に”愛情”をもとめるのは愛情のない行為かもしれません。
依存を人から向けられたとき、それを受けとめるコト
これはわかりやすいかな。 たとえば、人に弱音をはかれたら「甘ったれるな!」と否定的な反応をするのではなく、 「がんばったね」などと肯定的に受けとめるコト。ただし、甘やかすこととはちがう。
人の依存心の克服の手助けをするコト
たとえば、人に助けをもとめられたときに、必要最小限の手助けしかしないコト。 もちろん相手によってどれくらい手助けするかは変わってくる。 おさない子には必要最小限でも手助けするべきことはおおいだろう。 ある程度の年齢になってきたら自立心をうながすために手助けは減らしていくべきだろう。
もちろん完璧な人間はいないので”完璧な愛情をもつ人”なんてのはいないだろう。 どこからが”愛情”なのか、人それぞれで基準もちがってくるでしょう。 たとえば、曖昧な言い方ですが、愛情がなさそうな親でもその子どもがちゃんと自立して育っていける なら愛情のある親といえるのではないかとわたしは思います。
まあ、場合にもよるだろうけれどもこんな感じかなぁ。 具体的に考えた内容がなんかうまくかけなかったけど、 なんとなく伝わったかな?
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2008年09月21日
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カテゴリ: こころ
認知療法1:はじめに
2008年09月09日
無気力でやる気が起きない…うつで元気が出ない…怒りっぽいのを治したい…
認知療法はこのような悩みを解決するための方法の一つです。
認知療法はうつ病などの精神疾患の治療につかわれるだけでは無く、
性格を改善したり、うつや自殺の防止などに役だてることができる
効果的な自己啓発のテクニックにもなります
認知療法がどんなものか簡単に言うと、例えば…
誰かが「他人なんて気にしなければいいじゃない」と対人恐怖症の人に言ったとしても、
その対人恐怖症の人は「気にしないで済むなら苦労しない」などと思うでしょう。
しかし認知療法のテクニックを利用することで”気にしないで済む”ような思考に変えることができます
(完全に気にしないで済むようになるのはむずかしいですが)。
対人恐怖症だけでなく、さまざまな精神的な問題を解決するために利用できます
※ちなみに、認知行動療法と認知療法は同じものだと思って大丈夫です
認知療法を行うには
- 病院へ認知療法を受けに通う
- 認知療法の本を読んで自分で実践する
→続きを読む:
2008年09月09日
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カテゴリ: 認知療法